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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和39年(ネ)85号 判決

控訴人 沖野真八郎

被控訴人 盛本吉蔵

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対して金十万円、およびこれに対する昭和三十八年四月十一日から完済に至るまで年六分の割合による金員の支払いをせよ。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを三分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。

事実

控訴人訴訟代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とす。」との判決を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴審の訴訟費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠〈省略〉……と述べたほかは、原判決記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

控訴人が金額三十万円、満期昭和三十八年四月十日、支払地、振出地ともに河北郡高松町、支払場所北国銀行高松支店、振出日昭和三十七年十二月五日とし、受取人を白地とした約束手形一通(以下「本件約束手形」という)を山下惣一に対して振出したこと、昭和三十八年一月二十六日、被控訴人が浜田正栄から本件約束手形を、受取人を白地としたまま交付を受け、これに受取人として被控訴人の氏名を補充記載したこと、被控訴人が本件約束手形を満期に支払場所に呈示して支払いを求めたが、その支払いを拒絶され、現にこれを所持していることはいずれも当事者間に争いがない。

控訴人が山下惣一に対して本件約束手形を振出した際、受取人の記載の補充について特段の約束をしたことについて何も主張、証拠がない以上、控訴人はその補充権を山下惣一に授与したと認めるのが相当である。

そこで、控訴人の各抗弁について検討する。

(一)、控訴人は、本件約束手形は控訴人が山下惣一に金融を得させるために振出した融通手形であり、被控訴人は本件約束手形を受取る際右の事実を知つていたものであるから、控訴人は被控訴人に対して本件約束手形の支払いを拒絶できると主張するが、被控訴人が何等の対価関係なくして本件約束手形の交付を受けたものであることについて何も主張がない以上、控訴人の右抗弁が採用できないことは、主張自体から明らかである。

(二)、控訴人は、本件約束手形は控訴人が山下惣一に請負わせた建築工事の資材購入金にあてる目的で、割引のため山下に交付したものであり、これを山下から割引の依頼を受けた浜田正栄が割引のため被控訴人に交付したところ、被控訴人は右の事情を知りながら、本件約束手形を被控訴人の浜田に対する債権の弁済に充て、割引金を現実に浜田に交付していないのであるから、控訴人は被控訴人に対して本件約束手形の支払いを拒絶できると主張し、原審における証人山下惣一の証言、および控訴人本人尋問の結果を合わせて考えると、本件約束手形は、その振出の当時山下惣一に工場建物の建築を請負わせていた被控訴人が、請負代金の支払いのためとしてではなく、山下惣一をして請負債務履行に必要な建築資材を購入するために利用(割引金を入手してこれを資材購入資金に充て、あるいは資材購入先へ譲渡する等)させる目的で振出したものであること、山下惣一は右請負債務の履行に必要な資材購入の資金を得るため、本件約束手形を他で割引いて貰うことを浜田正栄に委任して、同人に本件約束手形を交付したこと、山下は本件約束手形の割引金を入手できなかつたため、前記の被控訴人から請負つた工事を遂行できず、昭和三十七年十二月末頃に右工事を中絶したままとなつていることを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はないけれども、浜田正栄が被控訴人に対して、本件約束手形を割引いて貰うために交付したものであることを認めるに足りる証拠はないから、控訴人の右の抗弁も結局採用できないものといわなければならない。

(三)、控訴人は、被控訴人は浜田正栄から本件約束手形を同人に対する十万円の貸金債権の担保として受領したのであるから、被控訴人としては先ず被担保債権である浜田に対する貸金債権を行使し、それによつて満足を受けられなかつた分についてのみ本件約束手形金債権を行使できるに過ぎないものであり、仮に被控訴人が右貸金債権の行使によつては何らの弁済を受けられなかつたものであるとしても、控訴人は右被担保債権額十万円の限度で本件約束手形金の支払義務を負うに過ぎないと主張するので、この点について考えてみる。

原本が存在し、かつその真正に作成されたことに争いのない乙第一号証、ならび原審における証人浜田正栄、同山下惣一の各証言を合わせて考えると次の事実が認められる。

山下惣一は控訴人から本件約束手形の振出しを受けて間もなく、浜田正栄に対して、本件約束手形を他で割引いて貰うことを委任して、本件約束手形を浜田に交付したが、浜田は本件約束手形の割引きを受けられないままこれを所持していた。昭和三十八年一月下旬頃、山下惣一はさらに浜田正栄に対して、山下の妻山下梅代振出名義の金額を白地とした約束手形一通を交付し、これによつて他から五万円の融資を受けることを委任した。同月二十六日、浜田正栄は右約束手形の金額を十万円とし、自己をその共同振出人、もしくは手形上の保証人として加入したうえ、これを被控訴人に割引いてもらい、割引金九万八千円余のうち五万円を受領し、その余は浜田の被控訴人に対する別個の三十四万円の借受金債務の内入弁済に充てるとともに、右の割引いて貰つた約束手形の手形金債務の担保として先に山下惣一から預つていた本件約束手形を被控訴人に交付した。

右のように認められる。原審における被控訴人本人の供述のうちには、本件約束手形は被控訴人の浜田正栄に対する三十四万円の貸金債権の内入弁済のために浜田から譲受けたものである旨の供述、および本件約束手形は被控訴人の浜田に対する三十四万円の貸金、および右認定の被控訴人が割引いた十万円の約束手形の手形金債権の担保として譲受けたものである旨の供述があるけれども、右各供述は前掲記の乙第一号証、および証人浜田正栄の証言に照らして考えると到底信用できないものであり、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

債権の担保として約束手形の譲渡を受けたものは、被担保債権と約束手形金債権の何れを先に行使しようと自由であり、先ず被担保債権自体を行使しなければならないわけではないから、控訴人の、被控訴人としては先ず浜田正栄に対する十万円の貸金債権を行使すべきであり、これによつて満足を得られなかつた限度においてのみ控訴人は本件約束手形金の支払義務を負うに過ぎないという主張は採用できないけれども、前記認定のとおり、本件約束手形が被控訴人が割引いた十万円の約束手形の手形金債権の担保として譲渡されたものである以上、被控訴人は本件約束手形の手形金債権のうち十万円を超える部分については独立の経済的利益を有しない(被控訴人が本件約束手形金の支払いを受けても、十万円の被担保債権を超える額は、本件約束手形の譲渡人に返還すべきものである)のであるから、本件約束手形の手形金債権のうち十万円を超える部分については、被控訴人は隠れた取立委任を受けた者と同様の法律的地位にあるものというべきであり、したがつて、控訴人は本件約束手形の手形金債務のうち十万円を超える部分については、被控訴人の善意、悪意にかかわらず、本件約束手形の被控訴人に対する譲渡人に対抗できる抗弁を以つて被控訴人にも対抗できるものといわなければならない。ところで、本件約束手形の振出しの原因が前記(二)に認定したとおりであり、さらに本件約束手形が山下惣一から浜田正栄に交付された原因が前記認定のとおりであるから、控訴人は山下惣一、および浜田正栄のいずれに対しても本件約束手形の支払いを全部拒絶できるものであり、したがつて、被控訴人に対する本件約束手形の譲渡人が山下惣一、もしくは浜田正栄のいずれであるとしても(本件約束手形を被控訴人に交付したのが浜田正栄であることは当事者間に争いのないことであるが、浜田正栄が本件約束手形の権利者として譲渡したのであるか、他人の代理人として譲渡したのであるかは、これを確定するに足りる証拠はない)、控訴人は被控訴人に対して、本件約束手形の手形金のうち十万円を超える部分についてはその支払いを拒絶できるものということができる。

してみると、被控訴人の請求は、本件約束手形の手形金のうち十一万円、およびこれに対する満期より後である昭和三十八年四月十一日から完済に至るまでの手形法所定の年六分の割合による利息の支払いを求める限度においては理由があるけれども、その余の部分は理由がないものといわなければならない。

よつて、被控訴人の請求を全部認容した原判決は、右の理由のある部分を認容した限度においては相当であるから、民事訴訟法第三百八十四条によりこの部分に対する控訴を棄却し、その余の部分は失当であるから、同法第三百八十六条によりこれを取消し、この部分についての被控訴人の請求を棄却することとし、以上の趣旨で原判決を主文掲記のとおり変更し、訴訟費用の負担については同法第九十五条、第九十二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小山市次 広瀬友信 寺井忠)

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